愛知地方最低賃金審議会委員の候補者の推薦に関する審査請求書

2017年7月18日
厚生労働大臣 塩崎 恭久 殿 
*審査請求人  薄美穂子
*審査請求人  幸島元彦
*審査請求人  瀬尾和恵
*審査請求人  田村一志
*審査請求人  大戸辰也
*審査請求人 愛知県労働組合総連合
議 長  榑松佐一
1.審査請求人
 薄 美穂子 全国福祉保育労働組合東海地方本部
 幸島元彦  愛知県医療介護福祉労働組合連合会
 瀬尾和恵  生協労連コープあいち労働組合
 田村一志  全日本建設交運一般労働組合愛知県本部
 大戸辰也  全労連・全国一般労働組合愛知地方本部
 愛知県労働組合総連合 議長 榑松佐一
 
2.審査請求にかかる処分
 愛知労働局長が2017年3月10日付でおこなった愛知地方最低賃金審議会委員の候補者の推薦に関する公示に基づいて行った任命処分。
 
3.審査請求に係る処分があったことを知った日
 2017年4月28日。
 
4.処分庁の教示
 なし。
 
5.審査請求の趣旨
 愛知労働局長が、2017年4月26日付でおこなった愛知地方最低賃金審議会委員任命処分のうち、労働者代表委員の任命処分を取り消し、改めて任命をやり直すこと。
 
6.審査請求の経過と理由
(1)経過
 愛知労働局長は、2017年3月10日、「愛知地方最低賃金審議会委員の候補者の推薦について」を公示した。これを受けて同年3月30日、愛知県労働組合総連合は、上記審査請求人の5名を愛知地方最低賃金審議会の労働者代表委員候補として推薦した。
候補者らは、最低賃金改定の調査審議を行う上で、非正規労働者や中小企業の労働者を多く組織する労働組合に所属しており、当該業種の低賃金労働の実情に精通している。また、最低賃金制度についての運動に継続的に取り組んでおり、推薦団体としては、いずれの候補も、その活動実績と保持している情報・見識、力量、人柄からみて、愛知地方最低賃金審議会の労働者側委員として最適の人物と確信し、推薦したものである。
 ところが、同年4月26日、愛知労働局長は、上記審査請求人・組合の推薦にかかる候補者を全員排除し、連合加盟の労働組合推薦にかかる5名の候補者を労働者代表として任命する処分をおこなった(以下「本件任命処分」と言う)。
 本件任命処分は、以下に述べるとおり、最低賃金法第23条および最低賃金審議会令第3条に反する違法、不当なものであるから、その取り消しを求める。
 
(2)取り消しの理由
1)公募制度の趣旨をふみにじっている
 最低賃金審議会令は、第3条第1項において、「厚生労働大臣又は都道府県労働局長は、中央最低賃金審議会又は地方最低賃金審議会の労働者を代表する委員又は使用者を代表する委員を任命しようとするときは、関係労働組合又は関係使用者団体に対し、相当の期間を定めて、候補者の推薦を求めなければならない」としている。
 その目的は、委員の人選が行政の恣意によることなく、公正かつ民主的に行なわれるようにすることにあり、単に形ばかり推薦を募っておけばよいというものではない。
 加えて、旧労働省労働基準局長が各県にあてて、労働委員会の労働者委員の選任にあたって留意すべき点を記した労働省第54号通牒(1949年7月)では、「労働者委員の選考にあたっては、産別、総同盟、中立等系統別の組合数及び組合員数に比例させるとともに、産業分野、地域別などを十分考慮すること」としており、各種審議会の委員等の選任にあたっては、この「第54号通牒」を基調とした任命を行うことが基本とされている。さらに、最低賃金審議会に対する具体的通達としては、基発545号(1961年6月15日付)で、労使代表委員の組織系統別の構成、特に労働者代表委員の構成(割り振り)の如何は、「委員任命に関しもっとも紛議を生じやすい問題」であり、混乱を招くことのないよう、関係団体等との意向打診や折衝を行なうなどの配慮を求め、具体的な労働者代表委員の割り振りについては、「管内における地労委の構成、組織人員比率などの諸事情を十分勘案すべき」とされている。
 これらの基準からすれば、全労連と傘下の地方組織加盟の主要な労働団体が推薦する候補も、地方最低賃金審議会労働者代表委員に任命されてしかるべきということになる。
 ところが、本件任命処分においては、連合加盟組合の同一単産からの推薦にかかる候補のみの選任が繰りかえされ、全労連と傘下の地方組織加盟組合が推薦する候補者はいずれも排除されている。しかも、こうした偏向任命は今回だけのことでなく、これまでの任命処分においても一貫して、繰り返し行われている。こうなると、最低賃金審議会労働者代表委員の任命に関しては、処分庁が一貫して連合系労働組合推薦の候補者のみを任命するという、不公平な悪意をもって差別的に任命処分をしているのではないか、との疑念を抱かざるをえない。
 基発545号にある「地労委の構成」についていえば、全労連とその傘下組織から、中央労働委員会に1名、10地方の都府県労働委員会に11名の委員が選任されている。厚生労働省が自ら定めた基準(545号通達)も反故にして偏向任命に邁進する姿勢は異常としか言いようがない。
 上記の法令の趣旨や通達の基準から逸脱し、特定の労働組合に偏った任命を行なうことは露骨な差別行政であり、「労働者一般の利益」という”公益”を損なう許されざる行為であり、「裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したもの」と言わざるを得ない。付言するならば、今回任命された委員の諸氏が、労働者一般の利益を代表しているという客観的、且つ具体的な説明がまったく行われないことは、悪意を持って差別任命処分をしたということを厚生労働省・労働局が自ら立証することになる。さらにいえば、推薦書類のどこを判断すれば、「労働者一般の代表」と判断できるのか、具体的に説明するよう強く要求する。
 ちなみに、2006年4月1日からスタートした労働審判制度の審判員の任命は最高裁判所の人事案件であるが、そこでは厚生労働省のまとめた「労働組合基礎調査報告」による組織人員比を基準のひとつとし、それによって審判員の任命数を割り出し、全労連からも全国で66名の労働審判員が任命されており、労働審判員にもとめられる「公正さ」を任命行為の公正さによって担保しようとしているといえる。司法でできることが行政ではできないということは理由にならない。地方最低賃金審議会の人事案件においても、こうしたことは実施可能であるにもかかわらず、それを恣意的になさなかった本任命処分は不当であり、取り消すべきである。差別ではないというのであれば、客観的事実を説明することが行政の責任である。
 
2)客観的かつ公正な基準が示されない
 委員定数を上回る候補が推薦されていることから、候補者全員が必ず委員に任命されるわけではないことは審査請求人も承知している。しかし、毎回、適任と信じて推薦する人物が任命されないため、どのような人物が委員にふさわしいのか、任命基準について毎回具体的に説明を求めている。ところが、それに対する労働局の回答は、「総合的に判断をした」というにとどまり、納得しうる任命基準の説明をしたことはない。「大辞林」によれば、「総合的」とは「個々の物事を一つにまとめるさま」と定義している。つまり、厚生労働省・労働局が任命するにあたって「個々の事物に基づく基準を統合して判断したものである」と認めているのであるから、総合的判断の基礎となった「個々の事物」について具体的に列挙できるはずである。
 付け加えれば、自らが定めた第54号通牒や基発545号通達を健全に機能させようという意思があるのであれば、複数のナショナルセンターから委員を任命できるように「善導」するのも厚生労働省の重要な任務なのではないか。選任されなかった組織には、どのような要素が不足しているのかの「教示」がなければ努力のしようがない。
しかし厚生労働省及び各労働局からは、審査請求人ならびに推薦団体の期待を退けるだけの判断をするに足る理由や基準が、一切明らかにされていない。それどころか、自らが発した545号通達ですら反故にしているのだから、「総合的判断」の信憑性は一層希薄となる。「個々の事物」の基準を明らかにしないまま、任命処分をするのであれば、任命権限を恣意的に濫用し、行政にあってはならない差別的任命を行なっているとの批判を免れることはできない。このように、公正さを証明できない不当な任命処分は、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであって、ただちに取り消されるべきである。
 
3)”公益”の基準も示さず、特定の労働組合の利益のみを擁護している
 厚生労働省は、委員推薦の権限は「特定の労働組合の利益のために認められたものではなく、労働者一般の利益すなわち公益を保護するために認められたもの」とし、全労連と地方組織の主張を退けてきた。
 しかしながら、特定の系統の労働組合を排除し、そことは別の特定の単産・労働組合が推薦する人物のみを任命し、その利益を擁護してきたのは、任命権者である。さらに非公開審議がほとんどの地方でおこなわれ、密室による審議が蔓延している。そこで排除された労働組合には、意見陳述の機会も与えられず、これは国際労働基準である「結社の自由原則」に違反する行為にあたり、全労連・愛労連はその是正を強く求めているところである。さらに、サービス業従事者が労働者の7割を超え、そこに低賃金労働者が集中している。そうした産業構造の変化、社会問題化している医療・福祉などの低賃金層の増大による産業の危機など、大きな構造的変化が生まれている中で、大手製造業労組中心に任命を繰り返すこと自体、労働者一般の利益を代表する委員とは言いがたい異常な選任基準ではないのか。
 審議運営の中に、労働者一般の声を反映させるという「公益」を具体化させるためには、特定系統・単産の労働組合に委員を独占させるのではなく、意見の違いのある多様な団体から推薦された委員をもって審議会を構成し、多様な意見を審議会に反映させるべきである。付言すれば、「民主主義」とは、政治形態だけでなく、広く一般に、人間の自由と平等を尊重する立場をいい、少数意見を切り捨てるところではなく、あらゆる意見を出し合い、尊重しあうこととされている。最賃審議会のような徹底した排除主義は、民主主義の原則に背くものであり、民主国家「日本」において、今回の任命処分は絶対に許されるものではなく、厳しく取り消されるべきである。
 
4)ILO条約勧告適用専門家委員会の疑念を晴らすべく、結社の自由委員会第328次報告における勧告を遵守するように求める。
 労使代表で構成される公的な審議会の任命に関わって、ILOは、日本政府に対して偏向任命をやめるよう勧告を出している。2002年6月のILO理事会における、「結社の自由委員会第328次報告」は、「労働組合がその労働者代表義務を果たすことを妨げる反労働組合差別に関する申立」に対する「勧告」として、「日本政府に対し、労働委員会及びその他の審議会の公正な構成に対するすべての労働者の信頼を回復するために、すべての代表的な労働組合組織に対して公正かつ平等な取り扱いを与える必要に関する結社の自由原則に基づく適切な措置を取るよう」求め、「政府に対しこの件に関する進展について引き続き情報提供するよう」要請している。
 また、前述した結論部分では「特定の一組織に特別待遇を与えることによって、労働者が所属しようとする組織に関する労働者の選択に直接あるいは間接に影響を及ぼすことがある。加えて、意識的にこうしたやり方で行動する政府は、本条約(87号に規定する『権利を制限もしくはその合法的な行使を妨げるどのような介入も公権力は控えるものとする』という、第87号条約(1948年7月・日本批准)に定められた原則の違反となる。それはまた、間接的には、国内法は条約に規定された保障を損ない、もしくは損なうように適用されないものとするという原則の侵害である」と、厳しく日本政府の対応を批判している。
 さらに2003年4月の「結社の自由委員会」は、「日本政府が、委員会の勧告について知らされた後……既存の不均衡を是正する機会があったにもかかわらず」是正しなかったことを「遺憾を持って注目」し、「日本政府が是正措置をとることを希望」している。
 2013年のILO総会に向けた「条約勧告適用専門家委員会報告」の中では、全労連が最低賃金審議会委員の偏向任命に関して申し立てをしたことを受け、ILOが行った調査の結果がまとめられている。ILOは、日本政府の答弁について、「最低賃金法第23条並びに最低賃金審議会令第3条の定められた手続きに則って労働者代表は任命されていると述べたのみである」とまとめ、「審議会の代表性を増強するために、異なる労働組合連合から最低賃金審議会の労働者委員を任命することの可能性について検討したかどうか」、再度回答するように求めたとしている。日本の最低賃金審議会の代表制が、国際的にも疑われる事態となっている事実を認識しているのであれば、再び偏向任命を繰り返すことはあってはならない。
 
7.まとめ
 今期の愛知地方最低賃金審議会委員の任命のうち、労働者代表委員に関わる任命処分は、差別行政が行われていることの確証をいっそう高めるものであるとともに、その底流が政府・厚生労働省の差別意志によって行われていることは、公益保護を叫びながらなんら客観的な基準も示さず、旧来の悪習に固執し、恣意的な任命に終始してきたことからも明らかである。こうした任命処分が、日本国憲法第14条、同第28条に違反するだけでなく、ILO第87号(結社の自由条約)に違反していることは、2002年の結社の自由委員会第328次報告によっても明らかである。
 すみやかに、今期の最低賃金審議会の労働者代表委員の任命処分を取り消し、改めて公正な任命を行なうことが必要である。
本審査請求に対する裁決をすみやかに実施すること、並びに裁決の前に口頭による意見陳述の場を確実に設けていただくことを強く要請しつつ、審査請求の趣旨記載のとおりの裁決を求める。
                                  以 上
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